本、読み終えた。ヴィリエ・ド・リラダン『未來のイヴ』
- 作者: ヴィリエ・ド・リラダン,斎藤磯雄
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 1996/05/25
- メディア: 文庫
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本書目次第一巻 エディソン氏第二巻 契約第三巻 地下の楽園第四巻 秘密第五感 ハダリー第六巻 かくして≪幻≫は生まれぬ本記事目次表現の難しさが良い本書のあらすじ理想と現実の距離
表現の難しさが良い
やっと読み終えた!それしかないです。4,5冊は並行して読んでいるので読み切るまでにかなり時間がかかってしまいました。
というように難しいのです。振り仮名も振られていますが全部ではありません。また現代なら平仮名に直して書かれるように訂正されるような漢字も、きっちりと漢字にできるなら漢字にされています。よって新書を読むスピードよりも遅くなるのは必至です。3か所ほどは漢字辞典を紐解きました。
それがマイナスになることもあるでしょう。する必要がないのに難しい言葉遣いをするのは誤解・敬遠・嫌悪の対象になるでしょう。しかし本書はそんなところは微塵もありません。むしろ人体錬成をしようとするエディソンの酔狂さと、それに飲み込まれていくエワルドとの渦が、ただ暗いだけではない固形物さえも混ざった気味の悪い雰囲気を造ることに成功していると思います。
本書のあらすじ
本書は美女アリシヤの姿に惚れてはいるものの、中身に絶望した英国青年貴族エワルドが自殺まで考えるところから始まります。それに対してあのエディソンはこう言う。
私はその女からその固有の存在を奪ひ取ってしまいませう。(p136)
――要するに、目の眩むほど美しいあの愚劣な女が、もはや女ではなくなって、天使になるのです。情婦ではなくなって、恋人になるのです。「現実」ではなくなって、「理想」になるのです。(p114)*漢字は常用漢字にしました。
そうしてエディソンは、外見はアリシヤで中身はエワルドの理想という人造人間「ハダリー」を創造します。エワルドは歩き、座り、話すハダリーに驚愕します。エディソンは本書中盤でハダリーがどのように「生きている」かを材料から懇切丁寧に説明します。これは「造ったものである」ことを。これは後半にあれ?というどんでん返しがあります。
さてエワルドの「恋」は成就するのだろうか?というのがストーリーの骨子です。
――(一部省略)現身の人間でいらっしゃるあの女の方を思い出してくださいまし。あの方のためにあなた樣は「戀」を取戾すのに、亡靈の援けまでも借りなければならないような憂き目にお遭いになつたのですもの。(p262)
理想と現実の距離
結末は言い淀むとして、やはり入り混じる世界は「理想」と「現実」です。子どもの頃から架空の人物に感情移入する人は多いはず。私たちはたとえ画面越しのキャラクターに対しても感情をぶつけることで成長します。発達心理学的にはアニミズム的な時期が人間にはあるものです。つまり生物ではなく物質に生が宿っているとする考えです。
現代でも漫画・アニメは経済的には落ち込んでいるものの、肩の入れようは落ち込むところを知りません。『北斗の拳』のラ王やアイボの葬式、ゴジラの葬式もありましたっけ?若干アングラなところまでいくと大人向けの愛玩人形もあります。人間は死ぬまで物質に感情移入を続けるでしょう。
エディソンは現実の立場でハダリーを生み出しました。エワルドは現実の立場からハダリーの理想の世界へ行き、そしてハダリーの「あまりの出来の良さ」によって現実にまた戻ってきます。理想と現実を行き来して、エワルドはどちらを選ぶか。いや……。
- SNSが発達して自分の分身が独り歩きし始めた。
- AIとチャットができるようになった。
- 人工臓器が進歩した。
- 脳とコンピューターが繋がった。
私は諸君にかう申上げたい。我々の神々も我々の希望も、もはや科學的にしか考へられなくなつてしまつた以上、どうして我々の戀愛もまた同じく科學的に考へてはならぬでせうか、と。(p339)
現代の若者が恋愛下手だという話は、現在は分散しているが、人造人間を創造するための技術と関係していると思います。それは単に面と向かってのコミュニケーションが減ったというより、理想に近づきやすくなったという表現のほうが個人的にはしっくりきます。でも理想というのは大抵、志向しても辿り着くのは困難です。
エワルドは簡単に理想に出会ってしまいました。現代以上に。しかも画面越しではなく、肉眼による現実で。
AIは人を救うかどうかというのは議論されていますね。文章から転職しそうかどうか、うつ病かどうかなどを検出するらしいですね。ビッグデータと連動させて人間が発掘できていないニーズを掘り起こして経済にも好影響の可能性。
ここまではいいとして、もしそれらの技術が凝縮されてハダリーが出来上がったら、人間は自分という現実と、理想の人間を比べたりするでしょう。でも人間には限界があります。
どんな「未來のイヴ」が生まれるのでしょうか?
――ねぇ、おわかりになりませんの? わたくし、ハダリーでございます。(p395)
わたくしをお選びになるか……それとも、日每にあなたを欺き、あなたにつけ込み、あなたを絶望させ、あなたを裏切る、あの昔ながらの「現實」をお選びになるか、それはあなたの御自由でございます。(p410)