本、読み終えた。ロジェ=アンリ・ゲラン『トイレの文化史』
*私が読んだのはちくま学芸文庫(ISBN4-480-08239-5)*1
本書目次や引用個所の記載もそれに倣います。
本書目次
音と匂い
1 ≪水にご用心!≫
2 穴あき椅子、溲瓶、おまる
3 最後の≪微風≫が吹く頃に
4 公衆衛生監督局の起源
5 下水道なしに街路なし
6 便座上の規律
7 自由を抹殺する法
8 パリの公衆便所
9 ゆっくりと、人目につかぬよう……
結語
本記事目次
汚いってヤバい
切実な催し
移ろいゆくうんこ
うんこは片付けろ
今年、2018年1月2日は何をしていましたか?寝正月?参拝?それともお年玉でもあげていたでしょうか?
37年前の1981年1月2日のパリ市長はそんな気楽なことは考えてなかったに違いない。3年で400基のトイレを市中に設置する決定を行った日だからです。
なぜそこまでのことを年明けにしているのでしょうか?しかも便所を?
本書は「便所って大事」ということを再認識させてくれるとともに、規制するとはどういうことかを考えさせてくれるような気がします。
汚いってヤバい
『遊びの中世史』という本があります。中世ヨーロッパの老若男女はどんな遊びをしていたかが知れる本です。
本、読み終えた。池上俊一『遊びの中世史』 - On bullshit
そこでは子どもはうんこや羊の腸を使った遊びをしていたと書かれていました。大人はそこには登場しませんでした。しかし今回読んだ本書では「おい大人!」と言ってしまうようなことまでやらかしていたようです。
近代になるまではおなら、おしっこ、うんこに関してはかなり寛容だったであろうことをうかがい知ることができます。
たとえば当時のし尿瓶に採取したおしっこを眺める病の診断方法のシーンではこんな記録が残っている。
それを取ると日なたに行き、
尿器を高く差し上げ日にすかし、
もっともらしくしげしげ眺め、
こちら、あちらとやたらに回す。
(p18)
そして詩人はこんな詩を作った。
奇妙な顔したうんこがいろいろ、
さくらんぼの熟す頃ともなれば
昼となく夜となく造られ、
生み出されることだろう、
色も形もさまざまに。
(p26)
またうんこは治療法?としても利用されていました。豚のうんこは血止め、馬のうんこは肋膜炎、人のうんこは外傷と黒膿疱を癒すらしい。ロバのうんこは他の動物のうんことハイブリッドにすれば赤痢、牛のうんこはバラと混ぜると癲癇(てんかん)に効くらしい。
おぉーやってみろよ(笑)と漏らしてしまいます。
しかし日本でも民俗学的な昔話でうんこが金に変わるという話*2もありますし、現代医療では他人のうんこを患者の腸へ送り込むということもやってます。もちろん目当てはうんこそれ自体ではなくうんこについている腸内細菌です。一部の感染症患者には有効らしいです。でも腸内細菌が体内で何をやっているのか完全には解明できていません。リスクも当然あるようで日本ではまだ行われていません。
それなのに「健康な人のうんこを患者に突っ込もう(ピコーン♪)」というのはあまり昔の行いをバカにはできない気がします。
新しいことを人類がやるとき、特定のバカがいると思います。それから学術的な研究が進み安全になっていく。私たちは技術進歩の前に酔狂なことをしなくてはならないようです。
切実な催し
本書は年代順にトイレ事情を詳述していきます。少し目立ったように見えたのが、トイレの位置、つまり建物の中でどこにどれだけトイレがあるのかについて早い段階から書いていることです。設置場所については全編を通して語られる重要なテーマです。
リビングや寝室から遠く離れた専用の建物から、厨房の横、そして街路など。あるいは穴あき椅子という手段も。偉い人たちは特注で何基もこの穴あき椅子を作らせたことから重宝されたことが分かります。
もう一つは1人当たり何基のトイレがあるか。
何十人もいるアパートメントにトイレが1基だけという惨事もありました。というのも昔は便所から糞尿を取る下水清掃人*3が必要だったわけですが、何基も作るとコストがかかる。パイプでトイレを繋げても壊れたらヤバい。そんな理由で圧倒的に便所が少なかったらしいです。お金がかかるのを嫌がった人は庭に埋め、セーヌ川に放りとやりたい放題。それが今や見た目においても先進国と言うのはちょっと想像できません。
移ろいゆくうんこ
さて19世紀にもなるとそれまであけっぴろげに言うことが許されていた糞尿趣味(スカトロジー)も鳴りを潜めます。
この時代を扱う項目になると一気に「衛生」という言葉とともに、細かいデータの提示が多くなります。行政文章の中に「公衆衛生監督局」が現れるのは1812年からとのこと。しかし肝心の「大衆」が衛生を意識するのは第二次世界大戦以降でした。
水洗便所を利用できるになるまでは紆余曲折がありました。1897年に開かれたフランス建築物所有権会議で水洗便所の設置に満場一致で反対されました。
この下水網が九万の家屋の家庭排水と糞尿を集めたとしたら、それは首都の表面を覆いつくし、幾戦もの口から汚染を放散させる一つの巨大な汚水溜めとならないであろうか?
(p206)
町の下に糞尿が走るよりも、まだ匂いとあのブツが散乱することをよしとしたのです。しかし同時に衛生管理が悪い居住区では病に侵される人の割合が高かったという報告もなされています。水道なしの住宅も珍しいことではありませんでした。
1939年にある町で未だに中世のやり方で汚物を処理していた一方で、トイレ自体は格段に進歩しました。1936年には今とシステムがほぼ変わらない噴流式トイレを実業家が発明しました。レバーを押すだけ、鎖を引くだけで糞尿とさよならできるトイレをル・コルビュジエは評価します。
ここに崇高な人間の顔のあらゆる官能的な曲線が、その欠点を除いた形で、表れているのだ。ギリシア人もこのような文化の頂点には一度も到達したことがない。これを見ているとその輪郭の繊細な動きによって私は幾分「サモトラケのニケ」を思い出す。
(p244)
公衆トイレ(サニゼット)は景観、犯罪の温床、同性愛者の巣窟といった問題を乗り越えて設置数が増加しました。そして記事冒頭の1981年1月2日がやってくるのです。パリ市の決定に他の市も続きました。
うんこは片付けろ
1936年のあまり正確ではない統計で、フランス全土に4,447,022匹の犬科の家畜がいたらしい。今度は動物の糞尿が目についたのである。1982年7月2日にあるオートバイ*4が街中を巡回しました。後部には耕運機のようにブラシがついていました。これでアレを集めるというわけです。しかし、今はいません。
筆者はかつてのパリに響いた「水に御用心!」と言う投げかけを「犬に御用心!」に言い換えて本編を終えています。
現在フランスでは犬のうんこを放置したら罰金です。しっかり処理する飼い主も増えたようです。しかし「犬にとっては自然なこと」という理由でそのままなこともあるとか。
本書の前半部でもおなら・うんこ・おしっこに関して「自然な催し」ということでいつでもできることが一番だとされていました。
モンテーニュもこう言ったらしい。
王も哲学者も糞をする。ご婦人もまた然り。(一部省略)あらゆる自然の行為の中で、私にとって中断されるとこれほど苦しい行為はない。私は多くの軍人が腹の調子が狂って難儀しているのを見た。私の腹も私も決して約束の時間に遅れることはない。つまり、なにか重大な用事か病気に邪魔されない限り、起きがけである。
(p28)
現在、トイレは1棟に1基はほとんど備わっています。公衆トイレも多い(しかも清掃されている)
なのに付き合いで酒を飲んでゲロを吐き、下痢でトイレに駆け込む。便秘にもなる。
これほどまでに便利なトイレがそこら中にある時代は絶対になかったはず。健康的な食事と衛生環境があるのに、どうして薬局にはお腹の調子を整える薬が大量に並んでいるのか一考するのも価値があるように思います。
私たちはいつでも自然に従う自由を持っているはずです。