On bullshit

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本、読み終えた。ロレッタ・ナポリオーニ『人質の経済学』

 

人質の経済学

人質の経済学

 

 

 

本書目次
はじめに    誘拐がジハーディスト組織を育てた
序章    スウェーデンの偽イラク
第1章    すべての始まり9・11愛国者
第2章    誘拐は金になる
第3章    人間密輸へ
第4章    海賊に投資する人々
第5章    密入国斡旋へ
第6章    反政府組織という幻想
第7章    ある誘拐交渉人の独白
第8章    身代金の決定メカニズム
第9章    助けたければ早く交渉しろ
第10章    イスラム国での危険な自分探し
第11章    人質は本当にヒーローなのか?
第12章    メディアを黙らせろ
第13章    助かる人質、助からない人質
第14章    あるシリア難民の告白
第15章    難民というビジネスチャンス
終章    欧州崩壊のパラドクス
 
記事目次
赤裸々な人質の実態
ビジネスとして成立させる賢さ
責められない事情
競い合う先進国
人質にしにくい人
人質にしやすい人
最後に
 
 
「ヨーロッパの政府は虎に餌をやっている。だから虎は、餌欲しさに何度でもやってくる」
 
 
 

赤裸々な人質の実態

 この本は中東での誘拐における金の流れはどうなっているのかを記したものです。
 この本によれば誘拐ビジネスが儲かると気づいて流行したのは、2003年に発生した誘拐事件らしい。武装イスラム集団(GIA)から分離したグループがアルジェリア南部でヨーロッパ人旅行者32名を誘拐したのです。
    麻薬ビジネスよりも儲かると気づけばやらない手はないということです。この事件の身代金の一部によってイスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)が設立されました。
    パスポートを持つ者、移民として逃げる者が主に誘拐の対象となっています。移民の場合は「逃がしてやる」と言ってコンテナにすし詰めにされ、出たら警察がいるというパターンなようです。難民の90%が何かしらの犯罪組織に頼って移動する。ニュースの映像で自動小銃を抱えている人がいるのはつまりそういうことなのです。
 
    人質は商品として手厚い保護を受ける場合もあるようです。食事、寝床の用意の他、サソリに刺されれば治療を受けられ、寝床に蛇が出たと言えば毎日見回りに来てくれたといいます。    
    もちろん熱血な「戦士」の場合はこの限りではないようです。対照的に劣悪な環境で、生きる程度の食事しか与えられなかった人の話も紹介されています。この差は指導者の資質次第なようです。
    ちなみに宗教的組織だから性暴力は受けないというのは幻想です。
    そしてつい忘れがちですが、商品を保存するにはコストがかかります。人質に対する食事や治療費は当然ランニングコストとして捉えられます。そして政府は政府で人質に優先順位をつけて、それに基づいて身代金を「算出」します。双方が人質に値段をつけるからビジネスとして成り立つ。
    人質解放の交渉において値段をつけるべきかどうか積極的でない印象を与えること、すなわち「停滞状態」は一番やってはならないことだというのはこの辺りにあります。相手はすでにコストがかかっているからです。商品は簡単に廃棄処分されます。
    どうして誘拐はなくならないか。このような記述もあります。
 
彼らから見た先進国のジャーナリストは、内戦の複雑な事情にあまりにも無知であり、それに対処する術を知らない。誘拐犯は紛争地帯の取材で知られるキリコ記者について「シリアについて知らなすぎる。彼はそもそもアラビア語もできやしない……われわれの文化、われわれの組織、われわれのめざすものも、何もわかっちゃいない」と断じた。(119ページ)
 
 

ビジネスとして成立させる賢さ

    誘拐ビジネスを成功させるために、
  1. 外国政府が発表していない(つまり外国人がホイホイ入ってくる)場所を把握し、
  2. 輸送ルートを策定し、
  3. 道中の補給ポイントを設立・維持し、
  4. 道中の協力者への賄賂も忘れない。
  5. マネーロンダリングして現金を受け取り一件落着。
ここの現金のやりとりの狡猾さに驚きます。それを支えているのが「ハワラ業者」です。
 
「これは送金人が地元のハワラ業者Aに現金を預ける。そして業者から教えられた暗証番号を送金人から受取人に連絡する。受取人は地元のハワラ業者Bの所へ行き暗証番号を伝えて現金を受け取るという仕組みである。
(中略)
しかもAとBは実体のある貿易取引なども行っているため、実際にお金を移動することなく帳簿上で相殺する方式をとることが多い。このように貿易取引の中に紛れ込んでしまうため、どれが海賊の受け取った身代金なのかを特定することはほとんど不可能である。」(101ページ)
 
    ときにはジャーナリストさえ利用することもあるようです。メディアで報道された途端に行動に移します。
    人質の場所はバレないように転々としますが、ソマリア出身のジャーナリストには取材を許したというケースがあります。これにより、助け出さなくては!という世論が高まり、人質の「レート」が上がるわけです。このようにメディアの扇動が上手く利用されることもあります。
    先進各国のジャーナリストの記事を安く買い叩くメディアと、人質に価値を置いてどんどん値段を釣り上げていく反政府組織。理解できるのになんだか奇妙に思ってしまいます。
 
    また誘拐に加担するのは主要メンバーだけではないようです。ソマリア人の中には武器を一般人が提供していたということも珍しくないようなのです。
    かつてのオスマン帝国では、西洋と戦うための戦艦を調達する費用が足りないときがありました。そのときカンパを募って戦艦を数隻用意できたという歴史があります。それを思い出しましたが、全く関係ありません
 
    後藤健二さんと湯川遥菜さんについても言及されています。
(付記すると、後藤さんは15分ごとに場所を変える15分ルールを実行しており、慎重派だったことを念頭に置いておく)
    当初は身代金目的でした。つまり助かる命だったのです。しかし安倍首相がイスラム国と戦う周辺各国に二億ドルを支援すると宣言してしまったがために、外交戦略の駒として使われることになってしまったのです。
    彼らは日本の集団的自衛権や平和国家を謳っていることも知っています。それだけの人脈があるのです。彼らを単細胞だと思わない方がよく、むしろ先進各国以上の戦略を駆使しています。
    イスラム国がヨルダンの人質パイロットも同時に交渉の場に立たせました。「私なら交渉できる」とか日本人が名乗りを上げていましたが、この本を読むとそれは無駄なあがきだったと思わずにはいられません。当時のヨルダン国王はこのような挑発に乗ることがないとイスラム国はあらかじめわかっていたからです。そして要求した身代金は二億ドル。えげつない。
    この本を読むと、彼らはとてつもなく戦略思考に長けていると言わなければなりません。最終的に日本を恐怖に陥れ骨抜きにし、ヨルダンの政治的弱体化にも成功したからです。
 
 

責められない事情

    誘拐組織はおよそピラミッド構造ですが、一番下は生きるために仕方なく参加している若者が多いといいます。だから見張りとして一緒にいる場合、ある程度は要望に応えてくれることもあるらしいのです。殺されることもある誘拐によって、貧民を救うことになっている。
    また、誘拐組織は拠点の地元民を手助けしている面もあるようです。若者を組織に招き入れ、給料をあげる。そうすることで家族を養い、多少なりとも豊かになっているのです。当然組織は人件費も考えてやりくりしている。
    誘拐はあちらにとって純粋に生きるための仕事になっている。真っ向からの非難ができないのです。私たちに向こうの苦しさを推し量ることはできません。
 
「グローバリゼーションには、おぞましい闇の部分がある。グローバリゼーションをきっかけに、世界の多くの地域が無法地帯と化してしまった。そこでは犯罪組織が若者を募り、外国人や観光客からいかに搾り取るかを教え込んでいる。国の政府もそれを認めようとしないが、しかしこれが真実だ。」(90ページ)
 
 

競い合う先進国

「複数の人質の出身国が違っていて、どれも身代金を払う国の場合、自分の国の人質を先に解放させようと政府の担当者が張り合うので、身代金が吊り上がる――ほんとうだ。誘拐組織はこのことを知っていて、交渉人の腕を競わせる。」(130ページ)
 
    ある事件では国務省FBI、CIAとホワイトハウスが連携を取ると決めるまでに長時間かかり、行動に移すのが遅れた例もあるようです。
    誘拐事件は上手くすれば政治利用できる。これはどこの国でも行われていることです。しかもそこに身代金が関わると政治利用しにくくなるので、実際の金額が明かされることがないことも多い。
    人質の命が一番大事、というのは個人の感情論でしかないのです。助け出すのは何かしらの組織です。
    現在の人質相場は、1000万ドル。10年前は200万ドル。相場が上がり続けるのにはやはり理由があるのです。
 
 

人質にしにくい人

    女性の人質は厄介らしい。男だらけのところでは問題が生じるのは自明です。とりわけ男女の人質両方を拘束するのは嫌らしい。
    またプロのジャーナリストはそれと気づかれないように、ペンも携帯電話も持たないようにすることで、難民を装うのだといいます。
    そういえば大学にいらっしゃった政治学の先生は、あるところ(失念しましたが、聞けば危ないとわかるところ)に潜入したときのことを話してくれたことがあります。そのときは服を現地近くで購入し、洗濯しないで臭くし、痛めつけてボロボロにしたと言っていました。そして肌をこんがり焼き、髪もヒゲも放ったらかしにすることで、難民の風貌を真似たと言います。
「それでも、あの雰囲気は怖かった。別世界だった。視線が合うたびに連絡されると思った。案内役も信用ならなかった。できるだけきょろきょろせず、溶け込むのに必死だった」とは先生の弁。
    そう思うと、拉致事件の被害者はどうなのでしょう。やけに綺麗目なときもあります。おそらく髪もヒゲも切らせているのかもしれません。オレンジ色の服グァンタナモに入れられる外国人人質は皆がこの服を着せられるらしい。グァンタナモとはアメリカにある基地の名前で、テロの関係者を収容している。ここの囚人服がオレンジ色なのだ)を着せているのも、外交的戦略の一つです。これらによって先進各国側の人だと認識させるのです。
 
 

人質にしやすい人

    引用で済ませることにします。その方が説得力があるからです。
「彼らは助けたいと願っている。何が起きているか、世界に知らせたいと望んでいる。そのことに全身全霊を捧げ、紛争のできるだけ近くにいることが人道支援活動家やジャーナリストになる近道だと信じている。だがそれはまちがいだ。誰も彼らのような人間を雇いたいとは思わない。彼らには何のスキルもないからだ。率直に言って、そういう人間を雇えば、他の人にまで危険がおよぶことになる。人道支援活動家になるのは善意があればいいというものではない。人道支援はタフな仕事だ。大学で勉強し、専門的な訓練を受け、経験をつまなければならない。ある日決意して中東へ行けばなれる、というものではないのだ」(157ページ)
「彼らは、自分たちが行動すれば何かを変えられると本気で信じていた」(158ページ)
 
    また、11章では本当に自分勝手な行動によって拉致された人々を紹介しています。
「自分は無敵だと感じることがよくある。たとえ死の危険に取り囲まれていても」(187ページ。スティーブン・ソトロフの言葉。イスラム国に誘拐、殺害された)
 
    しかし一方でメディアにも責任はあります。財政的な理由でメディアはプロを雇う余裕がなくなって、フリーランサーに頼るようになったのです。
「誰も知らないスクープを挙げてやる」
そうやって一線を越えるものが後を絶たないのです。
 
 

最後に

    あちらが立てばこちらが立たぬ。これが誘拐ビジネスが成立し続ける状態なのです。
 
    日本人が拉致されたとき、国内では自己責任という言葉が盛んに叫ばれたように思います。行った奴が悪いと。
    いずれにせよ、国外よりも国内の、他人より自分の身に起こっていることが大切なのは変わりません。しかし国家が出てくると対応せざるを得ない。
   そして政府も交渉人も、犯罪組織も仲介人も嘘をつくことでこの「人質の経済」は成り立っています。
 
    こんなご時世にアメリカはメキシコとの国境に壁を作ると言いました。一部にはすでにありますが、完璧に壁を築くと約3000キロあります。
    他方、イギリスはEU離脱に動いています。独立するということは国境ができるということです。国境ができるということは難民ビジネスが更に儲かるということです。実際ヨーロッパには莫大な利益を上げる企業があります。
    今わかるのは、人質事件が起これば双方ともにプロパガンダとして利用し、殺害するか、金を動かしているということです。
    先進各国にとって、人を商品にすることは必要になり続けるのでしょうか?今後の欧米次第です。