On bullshit

読書感想文、社会評論、その他を自分勝手に。

思ったこと 感じたことを そのままに

本、読み終えた。カール・ジンマー『ウイルス・プラネット』

 

ウイルス・プラネット (ポピュラーサイエンス)

ウイルス・プラネット (ポピュラーサイエンス)

 

積読にようやく着手したので。

 

本書目次

PROLOGUE

File No.1「感染力をもつ生きた液」タバコモザイクウイルス

Part1 いにしえからの道づれ 古顔のウイルス

File No.2「ただならぬかぜ」ライノウイルス
File No.3「天の星々のしわざ! ?」インフルエンザウイルス
File No.4「角の生えたウサギ」ヒトパピローマウイルス

Part2 どこにでもいるアイツ あなたの隣(や中)にいるウイルス

File No.5「敵の敵」バクテリオファージ
File No.6「ウイルスに充ち満ちた海」海洋ウイルス
File No.7「ゲノムにひそむ寄生者」内在性レトロウイルス

Part3 末永くよろしく? 新入りウイルス

File No.8「新たな病魔の出現」ヒト免疫不全ウイルス
File No.9「目指すは自由の国アメリカ」 ウェストナイルウイルス
File No.10「新興感染症の予測」 SARSウイルス、エボラウイルス
File No.11「長いお別れ」天然痘ウイルス

EPILOGUE

File No.12 「冷却塔のエイリアン」ミミウイルス

訳者あとがき

 

本記事目次

水玉模様のウイルス

ウイルスを追う

ウイルスと寄り添う

ウイルスを扱う

 

 

水玉模様のウイルス

 テレビでSARSとかエボラ出血熱とかインフルエンザとか言われているときに耳にするのが「ウイルス」。それとともにブドウの実のような球形のものが赤色や水色になっているスライドを見せられます。球形がぼやけてカビが生えているように映り、いかにも体に良くなさそう。本書のはじめにはそのいかにもな顕微鏡写真がカラーで掲載されています。

 専門家ではない私たちはマスクをするか、手洗いうがいをするかして見えない脅威にビクビクしています。本書はそのウイルスにスポットを当ててウイルスとは何かを簡潔に説明しようとします。著者はサイエンスライターです。

 小難しくなりそうな部分はユーモアな表現で切り抜け、ウイルスの歴史とその世界を語ってくれます。ウイルスごとに、

  1. ウイルスの発見
  2. 研究者の軌跡
  3. ウイルスのその後

を詳述していく様はちょっとしたプロジェクトXの感があります。

 

 

ウイルスを追う

 ウイルスが見つかったのが19世紀。ウイルスに関する基本事項が明らかになったのが20世紀初頭とのことなので、私たちが「ウイルス!ウイルス!」と叫びだした歴史は浅い。

 1930年代になって抗生物質が発見されます。これがウイルスと真っ向勝負をかける第一歩となります。

 しかし1917年には細菌に感染するウイルスまで発見され、ウイルスの見方が大きく変わっていきます。ウイルスは私たちに害を及ぼすものだけではない。ウイルスと付き合っていく必要がありそうだ、という認識です。

 本書を読むとウイルスは、ただあるだけでなく、お付き合いして結婚して出産し……まるで人間のように様相を変えていくことがわかります。つまりウイルスは一瞬のうちに2世、3世を生み出していくのです。私たちは新しい病状が出現したら「ウイルス!ウイルス!」と叫び、研究者は分析して対処しなければなりません。

 

 

ウイルスと寄り添う

 ウイルスに侵入され抗体ができ、はじめて私たちはウイルスと戦える体を手に入れます。抗生物質はその手段です。抗生物質は突き詰めればウイルスと同じタンパク質だが生きていないものを摂取するものです。

 ところが細菌に感染してやっつけてくれる、生きているウイルス(バクテリオファージ)を摂取する方法も出現し、両者は並行しながら研究されていくことになります。

 「生きているウイルスを体内に注入する」より、「抗生物質を投与する」と言われたほうがなんだか安心しますね。しかし抗生物質では対処できない事態が生じていることも事実なようです。結局私たちは生きている・見えないウイルスに頼ることで存在できているということが、人工的にも証明されてしまった形です。呼吸すれば・食べれば細菌を迎え入れ、体内にいる細菌・ウイルスがやっつけてくれる。

 このように研究で明らかになる過程で、人のためになるウイルスを人工的に作り出すことにも成功しています。ウイルスをリスクマネジメントするようになっていきます。あらかじめ人に害を及ぼすウイルスが発現する可能性を察知して、それに対処できるウイルスや抗生物質を用意しておく……。

 

 

ウイルスを扱う

 当然そのようなことを行うにはウイルスを研究しなければなりません。危ないウイルスも保存して研究しければなりません。人間が自由にウイルスを作成できるようになることは、人間が人間を殺すためのウイルスを作成する可能性を生じさせることになります。ビル・ゲイツさんもバイオテロの危険性・可能性を指摘して注意喚起しています。

 

www.businessinsider.com

 

 私は大学時代、政治学・ナショナリズム論の先生に「バイオテロは起きますか?」と質問したことがあります。先生は「さすがにそこまではやらないだろう」と答えました。

 どういうテロが行われる可能性があるでしょうか。それは、

  1. 「自分たちがやったんだぞ!」と主張できるもの
  2. その威力を加減できるもの

だと考えています。テロ組織が自由にウイルスの威力を操作し、テロ組織がウイルスの名づけまでできる独自性を持ったとき、バイオテロは起きると思います。

 誘拐・殺害といった行為は物理的に限界があります。現地まで行かないといけないし、武器も所持する必要があります。バイオテロはその制限を無制限にしてしまいます。

 たとえばこれは想像ですが、アジアに渡っていく渡り鳥の数羽を感染させて離したら……。そしてそのウイルスを分析したらテロ組織が指摘していたデータと符合して、「自分たちがやったんだ!」と宣言できたら、テロは簡単になるのでは?と思ってしまいます。ラットの脳に直接電極を仕込んで行動を操作することにも成功しているわけですし、ありえない話ではなくなりつつあります。しかもテロ組織だけはあらかじめ抗生物質やバクテリオファージを摂取している。そうすれば増々選民意識が高まることも予想できます。

 想像の域を出ませんが、そういうことが想像できる状態になった。その時点で考えることがウイルスと付き合うことなのだと思います。

 筆者は最後に「創造的な側面と破壊的な側面とを併せ持つ存在――それがウイルスなのです。(201ページ)」と締めくくっています。

 

 

自然界でウイルスと戦っている方の本の感想はこちら。

 

onbullshit.hatenablog.com