本、読み終えた。澁澤龍彦『少女コレクション序説』
本書目次
Ⅰ
少女コレクション序説
人形愛の形而上学
アリスあるいはナルシシストの心のレンズ
犠牲と変身
東西春画考
セーラー服と四畳半
幻想文学の異端性について
Ⅱ
ポルノグラフィーをめぐる断章
近親相姦、鏡のなかの千年王国
処女生殖について
ベルメールの人形哲学
ファンム・アンファンの楽園
幼児体験について
コンプレックスについて
宝石変身譚
エロスとフローラ
鏡について
匂いのアラベスク
玩具考
マンドラゴラについて
シモンの人形(あとがきにかえて)
本記事目次
いやらしいと美しい
線引きは個人で
本書は愛の総覧
どうして人間以外のものに人間的愛が注がれるか
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本、読み終えた。へルマン・ヘッセ『春の嵐-ゲルトルート-』
個人的に精神が異常なときの症状
みんなは精神がおかしくなっちゃったときに感じることはなんですか?
私の場合を箇条書きにしてみますね。
勝手に涙が出てくる
- 仕事休憩中のご飯のとき
- 勤務が終了して仕事場から離れてしばらく経ったとき
- 仕事から帰宅したとき
- 仕事から帰宅後のご飯のとき
これらのときに涙が出てきます。仕事のときしかこの症状は出ません。
幻聴
- 職場の人の声「〇〇君!」
- 知らないおっさん「おい」
- 自分の声「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね(以下略)」
- 親の声「〇〇ー!〇〇ー!」
- 職場の人の声「汁!」←入れろということ
- 鳥の鳴き声が、ラジオから漏れるようなおじさんDJに聞こえる
以上のような幻聴を経験しました。初めは幻聴かどうかもわからず、家に職場の人が来たと思って家の周囲を探したりしてました(笑)
誰かに確認してからでないと現実の相手が言ったかどうかわからないです。
吐き気
- トラウマになった対象を見たとき(私の場合は仕事で使っていた車)
- 仕事に行く前の洗面所
以上のときに吐き気がありました。朝やることはまず会社の制服に着替えたあと、洗面所の前で土下座スタイルで激しい吐き気を押さえることですね。家を出ると治まるので不思議でした。
ボーッとする
前頭葉が機能していない感じが強いです。なにかを読んだり、計算したりが上手くできません。短期記憶も弱くなりました。どんなに小さいことでもメモが必須です。
眠たいです。一日にできる行動がよくて2アクションです。
(人生が)いつ終わるかな?とか考えてしまう
孤独な人の寿命は短いと言いますし、いつ終わるだろうか?ということを考えることがあります。でも自殺はしたくない。「あの山登りたいな」とか「あの魚育てたいな」とか、やりたいことがあるからです。
そこで都合?の良い希死念慮に行き着くわけです。不謹慎だし、当事者や関係者の方には大変申し訳ありませんが、事故や病気なら真っ当な死因だと思ってしまうのです。私の家系は一方は癌、もう一方は喘息と糖尿病ですからあるいは……と。
気を付けたいこと
・日を跨ぐ前に寝る
不眠は一度夜更かしすると長引いて、アトピーも急激に悪化します。なるべく0時には寝るようにしています。
・体を動かす。日を浴びる
健全なる精神は健全なる肉体に宿る、というのは逆転させても成り立つと思います。家庭菜園や生物観察、登山、ジョギングなどで体を動かしています。
特に登山は自分の人生に大きく寄与しています。一人になれるし、景色はいいし、動植物を観察できるし、とにかく足を動かすのが正解でなにも難しくないですし。
まぁ、とりあえず、仕方なく、やっていきましょう。
スポーツで暴力行為は結構普通にある。
現在、日大アメフト部の悪質なタックル行為問題が世間を賑わせています。柔道部だった経験から私見を語りたいと思います。
前提として、暴力行為は普通に経験する
どのようなスポーツにも反則レベルのことをやる選手は存在します。柔道ではこんなことがありました。
・足払いがただのローキック。
しかも執拗に同じ箇所を攻撃する。試合後、内出血して腫れているのに気付く。これは柔道の技ではなく、総合格闘技になっている。しかしそれで試合を止めることはできない。なぜなら技が上手いかどうかなども考慮にはいるためだ。
・寝技をかけているように見えて、総合格闘技のように頭部に打撃を加える。
寝技では相手の襟の近くを持つことは有効だ。仕掛けられている側の選手も当然持たれないようにガードする。無理矢理ねじ込むことはあるが、明らかに打撃を加える意図も含めたねじ込み方がある。それは拳を丸めて、グーの状態でスピードをだして突っ込む行為だ。頭が揺れるのでガードが甘くなる。
これも明らかに暴力行為と受け取られない限りは、試合を止めることはできない。
・立ち技中に相手の胸襟を持ちつつ頬を殴る。
柔道では通常、相手の胸襟と袖を持って技をかける。しかし胸襟を持ちつつ相手を殴る行為は可能だ。何故なら胸襟も袖も持たれると、技をかけられる。そうさせないために振り払うことは普通にある。客観的に見れば殴る行為と振り払う行為との線引きが難しいからだ。
ちなみにこれをされた私はぶちギレて、全体重を乗せた払い腰をかけた。相手の腹にぶつけたものだから、ボクシングで例えると全力のボディブローをしたような力が加わっただろう。相手はしばらくうずくまり、苦しんでいた。私は黙って見下ろしていた。審判も、黙って見下ろしていた。わかる人にはわかるのだ。
ただ、感情が高まるとスポーツとしての技なのか、ただの暴力なのか区別がつかない場合があります。だから誰もがスポーツと暴力を行来したことはあると思います。
監督や顧問からの「精神言語」と表現方法
スポーツにおいて声かけと技術的指導は解離があります。海外では「アゴを引け!」など具体的な指導が多いと聞きます。体のパーツ毎に指導をした方が成長が早く、「腹から声出せ!」のような現実と違う表現方法による指導だと成長が遅いというのが明らかになっています。
そしてもうひとつ指摘したいのは、上記に平行して言語表現です。すなわち、伝えたいことは同じでも
- 「ギュッと押さえつけろ!」
- 「窒息死させるくらいでやれ!」
と言われれば、力が出やすいのは残念ながら後者なのです。なので「壊してこい」ではなく「壊すくらいの気持ちでやれ」には相当な解離があるのです。もちろん後者はスポーツ界ではどこでもあるように思えます。
こういった言葉がニュースになると恐ろしいことに聞こえてしまいます。日大アメフト部の場合は指示という形で伝えているので問題なのです。だから前監督も檄を飛ばす形で言ったという方向に釈明をするのではないでしょうか。