本、読み終えた。松波晴人『ビジネスマンのための「行動観察」入門』
本書目次第1章 行動観察とは何か?第2章 これが行動観察だ〃 1ワーキングマザーの隠れた欲望〃 2人でにぎわう場の作り方〃 3銭湯をもっと気持ちのいい空間に〃 4優秀な営業マンはここが違う〃 5オフィスの残業を減らせ〃 6飲食業を観察する〃 7達人の驚異の記憶術に学ぶ〃 8工場における生産性向上と品質向上という古くて新しいアプローチ〃 9元気の出る書店を作ろう第3章 行動観察とは科学である本記事目次事実を浮き彫りにする行動観察それぞれのビジネスシーンの事例紹介価値観解放と勉強スイスイ読める心理学を知らないビジネスマンには良い取っ掛かり
事実を浮き彫りにする行動観察
人間とは不思議なものですね。それとも私だけでしょうか。「間違っていますよ。こうですよ」と言われると反発するが「偏見ですよ。事実はこうですよ」と言われると従ってしまう。やはり現実や隠されたものを覗きたいと思うのが人間の性なんでしょうか。本書の初めからそんなことを考えさせられました。
最初は夫と子どもでてんやわんやの家事の中で働く女性の事例です。ところで私は一つ偏見がありました。それは「変な調理器具あり過ぎ」というもの。「お米を研ぐのにわざわざ水を入れてかき混ぜるだけの道具とか誰が買うんだよ」とか思っていました。しかし本書の事例を見ると、それはおそらく買い物から帰ってからの時間が惜しいとか、夫に褒められない代わりに自分の数少ないご褒美のためにマニキュアを塗っているとか、至極もっともな理由があるのだろうと思えるようになりました。
事実を知ると気持ちいい。行動観察は机上の空論ではありませんし、観察者の勝手な妄想で出来上がるものでもないことがわかります。そもそも私自身もアトピー持ちなので、お米を研ぐときは専用の棒状(?)のもので研いでいます。いやはや、盲目にもほどがありました。下のものとは違う米研ぎ棒で水切りもできる100均のものを使っています。
このような目で見ると早速発見がありました。親が食べたヨーグルト『BIO』のフタの裏にはこう書いてありました。
「陰ながら応援してます! 長野県 エリコさん」
こういうことか!世の中のわけがわからなかったことがわかってきそうです。本書は「ビジネスマンのための」と題するにはもったいないほど社会に対する気づきを与えてくれます。
それぞれのビジネスシーンの事例紹介
本書では著者が実際に体験したそれぞれの業界におけるビジネスにおいてどのように改善を行なったかを示していったものです。行動観察は心理学的・社会学的な領域です。しかし事例を見る限りコンサルティングにも大いに役立つものです。知らない業界の悩みや解決方法を知ることができて、外に出るのが少し楽しくなりそうです。行動観察それ自体は誰にでもできます。が、やはり慣れが必要なようで。
価値観解放と勉強
著者は行動観察する際は
- 自分の価値観から自由になること
- 人間についての知見を持つこと
という2つのアドバイスを行なっています。つまり
- 偏見をなくす努力をすること
- 人間自体について勉強すること
だとしています。
ホーソン効果というのをご存知でしょうか。アメリカのホーソン工場で照明がどれほど生産性に影響を与えるかという調査がありました。ところが実験結果は明るくても暗くても生産性が向上したというもの。大学にいた社会学の先生はこんな紹介をしました。実験結果に対する理由は「監視者がいたから」というもの。しかし本書では「学者を招いてまで工場は頑張ってくれてる!」というモチベーションによるものと書かれています。どうしてこんなに違うのでしょうか。実験結果の解釈に関して個人的には日本とアメリカの違いなんだと思っています。日本だと学者は助けてくれるというイメージが定着していないのではないでしょうか。そしてアメリカは社会的に下層のところでも当事者に学者が関わることに積極的だというイメージが私にはあります。少なくとも、日本の小企業群ではコンサルティングなどに依頼するほど関心もヒマもないと思います。でもヒマがないからこそちょっとした手入れで改善ができる手法、すなわち行動観察は取り入れられるべきものだと思います。
日本は昔からなぜか科学的手法を拒む傾向にあります。NOx然り、原発然り。用いる是非は今回は関係ありませんが、そういうシーンでも説明して理解してもらうことが一番の難関なのではないでしょうか。たとえばサイエンススピーカーという職業が注目されつつあります。これは科学をわかりやすく説明する知識と技術を持った話者のことです。このような流動的な存在が日本でも一般的になれば、行動観察の重要性がより下層まで浸透するのではないか、そう期待しています。
スイスイ読める
本文は260ページほど。新書らしく大変読みやすくて著者が仕事で実践されていることが文章にも反映されているようにも感じ、言葉で表現することが難しいけれども説得力があります。読むのが楽しく、徹夜で読んでしまいました。
心理学を知らないビジネスマンには良い取っ掛かり
本書は入門です。しかもビジネスに関することがほとんどですので、心理学的・社会学的な記述は数えるほどしかありません。心理学を一度でも勉強していれば聞いたことがあるものばかりです(ホーソン効果やラベリング効果など)だからこそ心理学を身近に感じてもらうことができると思います。しかしながら、自分で科学的なビジネスソリューションを行おうと思えば、より発展的な内容の本で勉強する必要があることは明らかだと思います。そしてそれ以上に重要なのは当事者たちの「やる気」です。著者も経営者(陣)が「まぁやるか」みたいなところは大抵失敗すると吐露しています。本書の成功事例は当事者の方たちがお客様のためを思って取り組まれたことが伝わってきます。
よってこの本の特徴は以下の2点、
- 心理学的アプローチによるビジネスソリューションの事例を参考にできる
- ビジネスに役立つ初歩的な心理学の理論とは何かを知ることができる
深く知りたい人が手に取る入門としては少し物足りないかと思うとは言えども、タイトルと内容がしっかりとマッチしている良い本です。