On bullshit

読書感想文、社会評論、その他を自分勝手に。

思ったこと 感じたことを そのままに

私はコミュ障か?

パソコンの調子が悪いので携帯からそっけない構成で書きます。


コメントにて「あなたはコミュ障じゃないの?」と聞かれました。
「そういえば私はコミュ障なのか?」と思い、ちょっと自省してみたいと思います。

学生時代(前半)

小学校~高校時代はコミュ障とは無縁だったと思います。
小学生の時は自分の生物好きが高じて、自然探勝部なるものを設立しました。部員は20人くらいだったかと。探勝とは言うものの、活動内容は学校周辺の生き物を捕まえまくって時間になったら報告し合うという、好きなことをただ前回でやるものでした。
ただ当時は父親の酒乱&DVでマトモな家庭ではなかったので、切れやすく危ない奴認定も受けていました。肩がぶつかるだけで誰彼構わずボコボコにしていました。まるでモーセが海を渡った話のように、私が廊下を歩くときは、みんなが左右の端に逃げていったのをハッキリと覚えています。
その足で向かっていたのは体育館裏。告白なんてできる状態ではない、雑草だらけだったそこは生物と私だけの世界でした。
そんな私にできた友達は生徒の中の階級では最上位の奴らともつるんでたように思います。ほら、小学生の時って強い奴は人気でしたでしょ?

中学では小児喘息を治すという理由でなんとなくカッコよかった柔道部に入部します。
元々喧嘩で暴れて家庭内の憂さ晴らしをしていた私は、柔道では暴れても怒られないということで柔道が好きになっていました。
数学や英語が赤点になっても「補修?そんなの知るかバーカ!そんなことより柔道だ!それが終わったら友達連れてゲーセンでレースゲームと音ゲーだ!」という感じでした。
中学の時もつるむ友達は交友関係は幅広かったですね。学校カーストが上の奴とも面識がありましたし、アニオタとも友達でしたし、女子とも中が良かったですね。中学でも高校でもメールアドレスには
女子だけで少なくとも10人くらいはいたはず。
中学・高校はクラス全員が友達だったと言っても差し支えないくらいでした。

学生時代(後半)

そんな友達ウェーイな、広範な人間関係が終わるのは、それぞれが独自の進路を辿る高校卒業後。とある専門の短大に入学します。お茶を濁しますが、高校時代にある出来事がありまして少し精神状態がおかしくなり始めていました。
短大でも一緒に旅行するくらいの友達は複数できました。でも短大は中途退学します。
精神状態も退学理由ですが、もっと大きかったのは「面白い学問いっぱいあるじゃん!」という理由。

「四大に入学したい」

それから生まれてこの方、開いてこなかった文学作品や文化人類学、歴史、哲学、民俗学民族学とかを貪るように読みこなしていきます。この頃には駿台の筆記模試で偏差値60くらいをマーク。赤点の答案を笑って紙飛行機にしていた自分が懐かしい(笑)
で、とある四年制大学に入学した私は、それまでの浅い読書経験により「学問を話し合える人がほしい。そうじゃなかったら全員糞」
うーん。こじらせています(笑)
キリスト教と仏教に詳しい教授の研究室は本当に楽しかったです。国際シンポジウムにも連れていってもらえました。打って変わって、交友関係はとても狭かったです。よく話す人は4人だけ。友達という表現も適切とは言えません。なんちゃってボッチが適切です。
昼ご飯はほとんど一人。講義もほとんど一人で受講。時間があれば図書館で哲学や政治学、法学、犯罪学などを読み漁りました。時には閉館までね。

躊躇いのない交友関係の切断

短大に入学したとき、中学・高校の友達とは連絡がほとんどなくなりました。退学したときは、「ちゃんと勉強しなくちゃ」とアドレスを家族もろとも一旦消去。大学卒業後も大学で手に入れたアドレスも全消し。バイト先を辞めれば全消し。
このように何故か全消ししてしまうようになってしまいました。「その時に仲良くしてればおk」という……。薄情になってしまいました。わかり合えなかったら終わり(笑)

趣味

登山と生物観賞とランニング(トレラン含む)です。ですが、これらの良さを理解してくれる人が回りにはいつもいませんでした。
年を重ねる毎にみんな携帯で連絡し合ったりとか、友達とどこに行くと話したりとかになり、言動がシンクロすることはなくなりました。
映画『スタンド・バイ・ミー』で友達がレストランの客のように入れ替わっていったと話すくだりがありますが、まさか本当にそうなるとは夢にも思っていませんでした。
一人でも楽しめる趣味しか持っていない私は、その趣味の領域で、例えば登山中に話しかけられれば受け答えもしますし、会話を少し広げます。でも自分から話しかけるようなことはほぼ皆無です。

自分はコミュ障なのか?話題的コミュ障

コミュ障にも種類があると思っています。話題を類型化してみます。

1、内輪話
たとえば登山をお互いにしていて、登山をしていないとわからない話題。趣味や業界といった限定的な話。家族や親戚にしかわからない話。コミュニティ外には通じない話。

2、社会的会話
保険や年金に加え、性的な話(ラブホの場所とか)そしてお酒の蘊蓄といった全ての人に当てはまる話。つまりは古くから歴史を動かしてきた物事に関する話題になります。

3、お遊び
学生の頃のようなフザけた会話。生産的ではなく笑うための会話。

実際には上記の1~3が入り乱れるのですが、私には2と3が圧倒的に足りません。なので現在では会話が合う、長く続く人はほとんどいません。
3は中学・高校ですごくありましたし、自分でそういう話題を振っていました。具体的にどれ程受け入れられていたかというと、アレです。

・集団で歩いていて靴紐が解けたから結び直すとき、みんな待ってくれている。
・「お前が来ないなら俺も行かない」とか言われる。
そんな感じです。

自分はコミュ障なのか?精神的コミュ障

コメントをくださった方はおそらくこちらの方の意味で聞いたのではないかと思います。
つまり、全く知らない人に話しかけてすぐ仲良くなるような、そういう特殊能力。そしてそれを行える精神力。
「店員に話しかけるのもダメ!無理!」みたいな。そういう意味であると汲み取ると、今の私はたぶんコミュ障になりにいってると言えます。
自分で何とかするのが基本的に正しいと思っているので、なるべく人を頼りません。だから店員に聞く前に自分で勉強して来店するか、その場で商品パッケージやパンフレット、携帯などで解決しようとします。
どうしても必要なら話しかけます。
高校の自分なら知らない人に「飴いる?」とか話しかけていましたから、それと比べるとすごい落差です。
その結果どうなったか。

「好きな会話、必要な会話以外したくなくなった」

相手の趣味の話を聞くのは大いに楽しいです。でも興味がない話題だとわかれば「あーだりぃ~」となります。これは全ての人が抱くことです。でもそういう状況にならないようにしたいという思いが強いです。会話をすぐに切り上げたい。

自分はコミュ障だと思いますよ?

面接とか基本的に行きたくないですよ。知らない人と話すなんて怖いですよ。
でもやりたいことがあって、それには金が必要なら人と関わらないといけません。できればブログや株とか不動産で稼いで、人と関わらないで好きなことをやって、それを理解してくれる人とだけ関わりたい。
でもよく考えるとブログや株とか不動産も人関わった方が金稼げるんですよね。アパート経営も次から次へと変な人が来ますしね(親族が経験あり)

最近思うんです。
どうしてコミュニケーションという言葉があるのか。もちろん学問の対象であるからですが、それを抜きにして考えると「社会ではやらなくちゃいけないことだから」だと思うんです。
でも気弱だからできない。それもわかります。私も駅員に話しかけるのに5分くらい迷ったりしますから。
人に話しかける必要があるのにできない。それはコミュ障です。仕方なしで話しかけられるのはコミュ障ではありません。
上記では自分はコミュ障だと書きましたが、それは自分の理想が「誰とでも仲良くなれる」ことだからです。
一旦自分がコミュ障なのか振り返ってみてください。もし他人に一切話しかけられないなら、精神的な問題です。
そうでないなら、どういう会話が自分にはないのかみてみましょう。

登山とカメラ、酒が趣味でとんでもなくアクティブで、誰とでもすぐ仲良くなれるおじさんを知っています。その人は知り合いに合うと必ず「おー」と挨拶します。
「お風呂行くの?」とか「今日は晴れたね」「曇りだからあんまり(撮影しても)映えないね」とか他愛のない話をします。で、2~3ほどの会話の応酬をするとすぐ「おっす!」とか言って立ち去ります。
何が言いたいかと言うと、見たらわかるだろという当たり前のことでも言葉にしているんです。そしてそれを手短に伝える。見習いたいです。

私は町中で「晴れたね~♪」「寒いねー」とか言ってるのを覚めた感じで見ていることが度々ありました。ある種の侮蔑、軽蔑を込めた感じで……。
あなたは大丈夫ですか?
そうなっていたらヤバイですよ。
心の中で「そうだね。晴れたね」と思うだけでもいいですよ。
いつか「コミュ障じゃない。会話が嫌なだけ」って思えるように、一緒になりましょう!一緒に!それはそれで問題ですけどね(笑)

追伸

・転職を成功させていると言ってもバイトですよ。正社員の経験は一回しかありません。社会人的な価値で見れば灰燼同然です。
もし事務の仕事を志望する形で応募して採用されたなら、私よりも絶対に優秀な人です。でも事務は事務で外に行くことがないわけですからコミュニケーションが面倒くさそうですね(笑)
外回りの方が常に同じ人と同じ空気を吸うことにはなりませんから、初対面の人には結構話せるけどそれ以降は……という人には向いてるかもしれません。
でも事務はその代わり時間変動(残業とか急な依頼)があまりないわけですから、楽。そこが悩みどころですよね。どっちをとるか。
どうにせよ事務の経験は絶対生きます。あなたの悩みも無駄じゃないですよ。


・次の仕事は登山関連です。でも自分の発達障害的な能力(数を数えるのが苦手、覚えが悪い、フローチャート式のマニュアルがないと役立たずなど)によって、吐き気と幻聴に悩まされて退職してしまいました。(退職が)早すぎるので、現在は「ハズレを引いた」と思って違う場所に応募しようと選定中です。