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本、読み終えた。カミュ『異邦人』

 

異邦人 (新潮文庫)

異邦人 (新潮文庫)

 

 

 

 
本書目次
第一部
第二部
 
本記事目次
テーマは不条理
感じられるのも行動できるのも現在だけ
繰り返される歴史の証拠か
薄いけど予想外に時間がかかる
 
 

「すると、あなたは私を愛しているか、きいて来た。前に一ぺんいったとおり、それには何の意味もないが、恐らくは君を愛してはいないだろう、と答えた」(p46、新潮文庫

 

 

テーマは不条理

    社会と関わっているのにつながっていないような、自分が浮ついた感覚に見舞われたことがある人は多くなりつつあるのではないでしょうか。犯罪も結婚も老後も経済も傍観するような、でも悟りを開いたわけでもないような……。
    『異邦人』はそんな空虚感を抱いている人にとって、主人公ムルソーに共感できる言動を見出すでしょう。母の死の翌日に海水浴、女と関係を持つのに結婚には無頓着、友人と敵対している人を殺害するが理由は「太陽のせい」と話す。カミュが追求したのは「不条理」ということですが、読み終わると「不条理」に行き着くのではなく「不条理」を通り抜けて行くことにいつの間にか気づくことになります。
 
 

感じられるのも行動できるのも現在だけ

    個人的に思う良い文学作品にみられる特徴の数ある一つとして、物語のテーマ・核心に近づくにつれて、それが無色透明な軸や玉のように感じてしまうというものがあります。結局完全理解にはならない、堂々巡りに陥るようなあの感覚です。それが『異邦人』にはあります。
    解説において実存主義哲学者のサルトルがこの作品にみられる無色透明さを説明してくれるような言葉を残していることが示されています。
ムルソーは、サルトルが巧みに指摘するように、たとえば「愛」と呼ばれるような一般的感情とは無縁の存在である。人は、つねに相手のことを考えているわけではなくとも、きれぎれの感情に抽象的統一を与えて、「愛」と呼ぶ。ムルソーは、このような意味づけをいっさい認めない。彼にとって重要なのは、現在のものであり、具体的なものだけだ。現在の欲望だけが彼をゆり動かす」(p140、新潮文庫
    現在しか見ないというのは今2016年の年末間近、アメリカのトランプやフィリピンのドゥテルテのような人物が台頭していることと関係がないとは言えない。また意識することなく殺傷事件や性暴力を行なってしまい、後から後悔し始めることにも関係しているように思います。
 
 

繰り返される歴史の証拠か

    現代の若者(日本だけ?)にも通用する退廃的な生活の仕方を感じます。俗世にいるけど、一般的な世の中に対しては厭世的というか。文章も非常に評価に苦しむものでした。私はヨーロッパ文学の多くにあるような、シーンの背景を説明する文章が好きです。家の内装などまで事細かく説明してくれることで脳内で映画化されるからです。しかし本書はどうでしょう。文章はとても短いのが多い。そしてイメージできるけれども、今までの本とは明らかにイメージする際の時間や五感の感触が違います。灰色の世界ではないけれどカラフルにも見えない。そして五感の起伏が激しいというわけでもない。なのにつまらないと感じない。不思議な本です。
    1930年代の若者を具現したのがムルソーだということですが、その時代は大恐慌ナチス・ドイツの侵攻など動乱の時代。歴史は繰り返すとはこういう風に具現されていくのでしょうか。『異邦人』はこのような時代を切り取ったからこそ人気を博し、カミュノーベル文学賞を受賞したのでしょう。納得。
 
 

薄いけど予想外に時間がかかる

 新潮文庫の『異邦人』は薄く見えますが、文字も少し小さめ。本文が130ページだとしてもその他の薄い本より読むには時間がかかるでしょう。